知る

香美市には広大な山が広がり、多くの木を目にする事ができます。
ガイドを参考に、ぜひ香美市のあちこちにある巨木、名木、珍木に触れてみませんか?
※香美市の木ガイドは、香美史談会 高田俊祐様のご協力により作成致しました。厚く御礼申し上げます、ありがとうございました。
【香美市の木を見にお出かけされる際の、ご注意とお願い】
・見学は安全第一を心がけてください。山道は狭くなっている場所もありますので譲り合いながらご通行お願いいたします。また、寒期や雨期などは、道路状況にもご注意ください。
・寺社境内(神域等)へ入る場合、失礼の無い行動で、地元の方々にもご迷惑をお掛けする事のないよう、お願い致します。
・夏季に山に入る場合、アブやハチ、蚊、蛇などに十分ご注意ください。また、冬季は日暮れが早いです。山の中は特に暗い場所もある為、時間にはご留意ください。
・山間では、場所によっては携帯電話・スマートフォンが圏外になる場所があります。

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香美市の木一覧

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須江の大ムクノキ

須江の大ムクノキ

 土佐山田町のおよそ西端に位置する須江地区に巨大なムクノキがある。ルートは国道195線もしくはあけぼの街道を南北に抜ける県道31号前浜植野線を北方向に行くと屋敷土塀の家が左手に見える。この家の南に西へ左折して少し行くと左手に大きな樹木2本が間を開けて見える。2本ともムクノキであるが、大きな木が目的の巨木である。立ちすがたの良い巨木を目当てに進み南北に長い市道にでると新築の家があるので、車の場合は、道路脇の適当な場所に止める。新築の家の北隣り、農道らしき進入路を歩くと到着だ。この巨木はよく目立つのですぐに判る。  
 近くで見ると主幹は2本あることに気付く。いずれもドデカイことに驚く。残念ながら1本は幹が失われている。遺る1本でも迫力満点だが、2本揃っていれば大迫力であっただろう。この付近は開墾地であり、おそらく開墾以前から生えていて、伐採するには畏れ多いと御神木とされたようだ。この土地は、圃場整備事業でハギレ地として遺したのであろう。
 推測だが、耕地にするとき大木2本がデンと据わっていると大きな日陰ができ、農作に支障があるので形の悪い北側1本を伐木したとも考えられる。
 
樹種(通称 / 科目)
須江の大ムクノキ / ニレ科
場所
土佐山田須江
胸高周り
9.4m(1本の木から2本の幹と想定)
高さ
20m余
樹齢(推定)
300年以上

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オガタマノキ

オガタマノキ

 庚申堂境内にミカドアゲハ蝶の食樹として知られるオガタマの木がある。この木はモクレン科の常緑高木で枝は榊のように神を祭るに使われた。オガタマノキは「招霊の木」とも書き、その天に向かって真っ直ぐな立ち姿は神霊を招く木として日本神話にも登場する。神の依りしろとされ、古来より神聖な樹木として知られている。
 現在、樹勢は弱く、虫が入ったのか主幹の腐れが大きく目立ち、上部中程から伸びる梢にわずかに残る枝葉も小さい。無事に育つのかは何とも云えない。倒れ防止のため、強化ロープ2本で支えている状況である。
 
庚申堂
 秦山町三丁目の谷秦山邸跡の東方にある。伝説では「野中兼山がこの地を開墾した時に負傷者や病人が続出したので、これは山田合戦の戦死者の怨霊のためであろうと、修験僧に命じて摂津国四天王寺から仏像を勧請させて祀った。」となっている。庚申(かのえさる)信仰とは、道教、神道、仏教が習合したもので「庚申の夜は人の眠っている間に体内の三尸(さんし)という虫が抜け出して天の神にその人の罪業を伝えるので眠らずに通夜をしなければならない」という俗信で室町時代以降広く普及した。
樹種(通称 / 科目)
オガタマノキ / モクレン科
場所
土佐山田町秦山町3丁目庚申堂
胸高周り
-
高さ
20m
樹齢(推定)
-
備考
香美市指定文化財(天然記念物)

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神母神社の大クスノキ

神母神社の大クスノキ

 山田堰史蹟東岸に神母(いげ)神社があり、社殿を覆うように楠木の巨木がある。案内板には「神母神社は、一般に農作物の神を祀ると云われている。この楠木は高さ15.5m、枝張り19.5m、根廻り5.7m樹齢約500年と推定され、町内では最大の大木で、神母木の地名はこの大木より、名付けられたと考えられる。昭和58年6月建」とある。
 神母神社とクスノキは土佐藩家老野中兼山が建設した山田堰の工事期間、寛永16年(1639)から寛文4年(1664)まで、約25年間の難工事・苦闘を見守ってきたことになる。その頃、神母木集落ができ物流拠点として急速に発展、集落は賑わった。そして現代の姿。この間380年、人々の暮らしと栄枯盛衰、暴れ川と呼ぶ物部川の氾濫による堰の損壊、復旧と何もかにも見続け共生して来た巨木である。なお、神母木出身の漫画家故はらたいら氏は子供の頃、この巨木で遊んだと云う。
 
樹種(通称 / 科目)
神母神社の大クスノキ / クスノキ科
場所
土佐山田町神母ノ木
胸高周り
6m
高さ
15.5m
樹齢(推定)
500年以上
備考
香美市指定文化財(天然記念物)

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バクチノキ

バクチノキ

 国指定史蹟天然記念物「龍河洞」の出口付近にバクチノキの群生が見られる。
 バクチノキは暖地に自生する常緑高木(樹高10~15m)。本州(関東地方南部以西)、四国、九州、沖縄、台湾に分布。谷間や少し湿り気のある斜面などに成育。花は白、季節は9月。日本名の由来は、時ならず樹皮が自然に剥げ落ちる状態が、博打(バクチ)に負けて金銭、衣がハゲ失われることに例えたもの。
 マホガニーの代用品として家具材、器具材、樹皮から黄色染色料の製造原料として用いる。葉を水蒸気で蒸留したものを「バクチ水」といい、医薬の原料として、咳止め、鎮静剤に使われる。別名・裸木/赤裸木ともいう。他に樹皮が剥げる木としてサルスベリ、カゴノキ、リョウブ等がある。
 
龍河洞
国指定天然記念物・史跡の石灰石の鍾乳洞。
詳しくはこちら
樹種(通称 / 科目)
バクチノキ / バラ科
場所
土佐山田町逆川1424(龍河洞)
胸高周り
-
高さ
-
樹齢(推定)
-

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若一王子宮神社のスギ

若一王子宮神社のスギ

 国道195線の香北町筋へ入るところに下野尻地区があり、国道から左道への分岐がある。その左道へ入ったすぐそこに若一王子宮神社の鳥居がある。
 若一王子宮は明治の神仏分離令までは神仏習合の神で若王子(にゃくおうじ)ともいう。熊野三山に祀られる熊野十二所権現のうち五所王子の第一位であり、本地仏は十一面観音で、天照大神あるいは瓊々杵尊と同一視された。現在は神仏分離に伴い、「若一王子」を天照大神や瓊々杵尊に変えた所も多いが、従前のまま「若一王子」として祀っている神社もあるというのが通説である。しかし、当社の祭神はそうではない別の神と云う説もある。狛犬の台座には万延元年(1860)申九月日の文字。 
 境内にスギの大木がある。根張りもよいが残念ながら頂部が失われている。そのため、西隣の5階建団地ビルと比べて負けているように見える。
 
樹種(通称 / 科目)
若一王子宮神社のスギ / スギ科
場所
香北町下野尻
胸高周り
6m
高さ
30m弱
樹齢(推定)
300年余

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東山祇神社のスギ

東山祇神社のスギ

 国道195線を物部方面へ向けて行くと香北町下野尻の若一王子宮神社を左手に見て、道路右手、南の山裾沿いの国道と併行した道へつながる道が4本ある。いずれも東山祇神社へ行けるが、各道は農業ハウス群に囲まれて狭いものの通行はできる。直接、行ける道は図示してある道だ。神社は道路沿い山手にあり、神社の両側に簡易Pがある。
 東山祇神社の祭神は大山祇命(おおやまづみのみこと)で普通、山の神、農業の神、お酒の神などと呼ばれている。この神社には2010年頃、傾いた巨スギ(胴囲6m)が確認されているが、その後倒れて失われた。拝殿前に巨スギの残痕(切り株)がある。現在、弟分のスギ(胴囲4m余)が御神木である。
 境内に昭和天皇御手播き樹の石碑が建っている。「桧1、杉参、〆四本也 昭和廿五年三月廿三日、天皇四国巡幸ノ砌高知城梅ノ壇ニテ御手播キアリ育成サレタ幼木中ヨリ右ノ氏子ラ拝受、此処ニ植栽シクモノデアル 平成廿一年六月(後略)」とある。
 
樹種(通称 / 科目)
東山祇神社のスギ / スギ科
場所
香北町美良布
胸高周り
4m余
高さ
30m
樹齢(推定)
250年

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大川上美良布神社のスギ

大川上美良布神社のスギ

 大川上美良布神社は国道195号線沿いの道の駅、セレネ、アンパンマンミュージアムの向かい側、鎮守の森にある。信号機のあるT字路を北に入る。
 同神社は延喜式内社で神階正一位の堂々たる由緒深い神社で、創建は約1500年前の雄略天皇の時代といわれ、古くから韮生郷の総鎮守として人々から崇敬されてきた。社殿の造り・彫刻は西日光とも云われている。見所はたくさんあるので、先ずは立ち寄って拝観願いたい。詳細は案内板に記されている。
 境内には巨木(スギ)、珍木(バクチノキ)等、多くの木があり森を形成している。鳥居の近くの2本の大スギが目を引く。頂部が失われているものの幹はデカイ。平成30年(2018)の台風で同神社境内のかなりの御神木が倒れ、一部倒木が建造物に及ぶ被害に遭った。近時の台風被害は深刻化の傾向にある。
 ちなみに大川上美良布神社境内にもこちらで紹介した『バクチノキ』があるとの事。
 
大川上美良布神社
美良布の川上様と親しまれる、韮生郷の総鎮守。
詳しくはこちら
樹種(通称 / 科目)
大川上美良布神社のスギ / スギ科
場所
香北町韮生野字大宮
胸高周り
6.5m
高さ
35m
樹齢(推定)
1000年
備考
大川上美良布神社は県保護文化財

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別役神社の大スギ

別役の大スギ

 国道195号線を香北町へ向かい、バス停「土佐小川」(フレッシュマートふくどめ付近)から南の道、県道30号香北赤岡線へ入る。小川から西川乙を通り西川甲まで南進する。 
この道は赤岡からの「塩の道」として有名である。 
 途中、佐敷地区の手前に県道224号奈良香北線との分岐がある。右は佐敷、栗ノ木を通り赤岡へ、左は香南市香我美町方面への道だ。別役神社へ行くには左の県道224号線へ入ること。しばらく行くと同神社の灯篭台が道路脇にある。別役神社に到着だ。奈良川に架けた橋を渡り境内へ入る。
 案内板には「古老の伝えるところによると、別役城主別役三吉郎が長曽我部元親父子に従い、豊後の戸次川に出陣するに当たり、武運長久を祈って杉2本を植えた。それが見事に成長したが、今から80〜90年程前、台風のため1本が倒れ、残りの1本が現在の大木であるという」と記されている。別役三吉郎は新国主山内氏移封の際、帰農した。境内雰囲気は荘厳で戦国時代の歴史を感じる。 
 
樹種(通称 / 科目)
別役の大スギ / スギ科
場所
香北町西川甲
胸高周り
8.5m
高さ
35m
樹齢(推定)
400年余

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北久保神社のスギ

北久保神社のスギ

 国道195号線を香北町へ向かい、町筋を抜けて宝珠寺・県立香北青少年の家の道路標識を過ぎ、さらに行くとバス停「吉野発電所前」があり、右手、南に籾摺り作業場がある。その前の道を入るとすぐに鎮守の森らしきものが見える。
 ここが香北町吉野地区の東ハズレにある山ノ神の北久保神社である。祭神は山祗命(ヤマヅミノミコト)である。神社横には駐車スペースもある。境内には巨スギが2本、二手に分かれて立っている。一つは社殿後方、一つは鳥居近くにある。二本とも残念ながら頂部は折れており、折れ方は神社後方がヒドイ。互いに競い合いながら成長してきたものの、暴風に耐えられなかったようだ。地元の古老は、頂部が無いのはいつ頃かは知らないと話す。これらから、大スギ2本の頂部喪失は昔からとしておこう。
樹種(通称 / 科目)
北久保神社のスギ / スギ科
場所
香北町吉野
胸高周り
6.8m / 6.8m
高さ
25m / 30m
樹齢(推定)
300年余

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日吉神社のヒノキ

日吉神社のヒノキ

 国道195号線は香北町吉野を過ぎると根津地区までは人家のない山裾を通るため、通行車両はかなり飛ばしている。根津地区手前の山裾カーブに目的の神社がある。そこは道路右手に神社への階段と車両進入路がある場所がそうである。よく見ないと通り過ぎてしまう。車両進入路は神社への管理道のようでポールと鎖で進入できないようにしている。少し余裕があるところに駐車できるが、道路は車両の通行が多いので気をつけて!
 道路側壁の間にある石段を段数148と数えた人がいる、傾斜は45度はありそうだ。見上げただけでビビる。体力があれば登ればよい。でなければ進入路を歩いて登ることになる。この道も傾斜がキツく息が上がる。折れ道を約250mほど登ると神社境内に到着だ。日吉神社の祭神は山祗命(ヤマヅミノミコト)。社殿はオシャレな造りである。
 境内に2本のヒノキが並んで立つ。石段際に建つ石碑は日吉神社森林補植記念碑らしく桧690本 杉550本等の文字が読みとれる。
 
樹種(通称 / 科目)
日吉神社のヒノキ / ヒノキ科
場所
香北町根津
胸高周り
-
高さ
30m
樹齢(推定)
-

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杉尾神社のスギ

杉尾神社のスギ

 国道195号線を物部方面へ向かい、香北町白石にバス停「清爪口」があり、そこに左へ入る道がある。その道を道なりにしばらく行くと物部川に新御在所橋が架かっているので渡ると県道217号久保大宮線に出る。県道沿い上手は清爪集落であり、杉尾神社への道は県道沿いに三ケ所あるので、いずれかの道へ入り集落内の道を上流方面へ行く。集落内の道は狭いのでご注意を。抜けると田畑が広がる場所に出て神社の森が見えてくる。迷えば住民に聞いてみよう。
 杉尾神社の祭神は大物主命(おおものぬしのみこと=大国主命の右魂:みぎみたま)。古来、地域の産土神で杉尾大明神と称され、鎮守の森となっている。
 参道は二本の巨スギに挟まれた格好となっており、手前の巨スギは古木で根元付近が傷み始めているようにも見える。いずれにしてもゴツイ木だ。
 
樹種(通称 / 科目)
杉尾神社のスギ / スギ科
場所
香北町清爪
胸高周り
奥5.7m / 手前6.5m
高さ
40m余
樹齢(推定)
-

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中谷川の人面樫

中谷川の人面樫

 国道195号線を大栃方面に行くと、物部森林ストックヤード(貯木場)と臼杵トンネルの間にバス停「臼杵隧道口」がある。そこを南に向かう細道があり道なりに約200mほど歩くと石垣と廃屋がある。中谷川の観音堂境内となる石垣の上にアラ樫(かし)の木がある。一見して普通の樫だ。 
 何が人面なのかと云うと10月末から11月頃に樫の実であるドングリが落ちる。その実の殻をキレイに剥ぎ取ると胚乳の皺が人の顔をしていると云うから面白い。とにかく殻をうまく剥ぐことである。地元民の話では、なぜこんな実のなる樫の木があるのか分からないと首をひねる。
 どんな顔のドングリと出会えるのか、時期になったら拾いに行ってみよう。
 
樹種(通称 / 科目)
中谷川の人面樫
場所
物部町中谷川
胸高周り
-
高さ
-
樹齢(推定)
-
備考
香美市指定文化財(天然記念物)

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神明宮神社の大スギ

伊勢丸神明宮神社の大スギ

 伊勢丸へは国道195号線を大栃方面に行き、大栃手前の高尾バス停付近にJA土佐香美柚子選果場がある。国道上に県道29号安芸物部線の標識があるので右折して入る。そのまま道なりにクネクネとしばらく行くと市営バス停明改の分岐にさしかかる。まっすぐ行けば県道29号線だが、左道へ入り伊勢丸方面を目指す。この道は登り道であるがとにかく左に川を見ながら進むと伊勢丸集落に着く。市営バス停宮の入口のところが神社参道への道だ。車は道路の空きスペースに通行のジャマにならないよう止めておく。歩いて道路を降り、川の近くの神社へ向かう。狭い小道を50mほど行くと木の鳥居が二つ並び参道口だと分かる。さらに川に架かる神教橋を渡り右折すると鳥居があり、くぐると境内である。深山幽谷、静寂の世界だ。
 スギの巨木がデンと据わっている。案内板に「仙頭伊勢丸に鎮座する神明宮神社の大杉は悠然とそびえ、御神木として威容を誇っている。枝は四方に力強く張り出し、周囲の樹木を圧している。神明宮の祭神は、天照大神である。元亀二年(1571)の昔、仙頭の人が伊勢神宮に詣で勧請したものと伝えられている」とある。詳細は石碑をご覧願う。
 
樹種(通称 / 科目)
神明宮神社の大スギ
場所
物部町仙頭(伊勢丸)
胸高周り
7.5m
高さ
60m
樹齢(推定)
300年余

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大栃のムクノキ

大栃のムクノキ

 国道195号線を大栃まで来て県道49号線へ入り大栃中学校辺りから旧道商店街へ入り、大栃保育園前を過ぎて製材所手前の十字路を東に右折、少し行くと大北公会堂がある道に出る。その前の阿闍梨神社境内にムクノキの巨木があり、木製の鳥居がある。案内板には「昔、山津波のため押し流されてきて、そのまま大きくなったものと云われており、地上へへばりつくようにして成育している。根元は板状になって深い凹凸がみられる。地上1.2mの所から3つの枝にわかれて這ったまま成長し、主幹となる枝の廻りが3.7m、西向きの枝ともに3mあり、およそ57㎡の広さで地上を被さっている。今でも毎年たくさんの実をつけ、子供や小鳥達に喜ばれている」とある。※阿闍梨→修験行者
 
ムクノキ(椋木、椋の木)
落葉高木。本州(関東地方以西)、四国、九州、沖縄、朝鮮、アジア東南部に分布。山地に生えるが、公園等にも植えられる。鳥により種が運ばれるだけに、実は球形でムクドリやハトなど少し大きな鳥の餌になる。黒く熟した実は、甘くて美味しい。食料難の時代に木に登り、食べて空腹の足しにした世代には忘れられない木だ。
 
樹種(通称 / 科目)
大栃のムクノキ / ニレ科
場所
物部町大栃大北
胸高周り
7m
高さ
30m
樹齢(推定)
400年余
備考
高知県指定文化財(天然記念物)

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男池のアカメヤナギ

男池のアカメヤナギ

 物部町神池の男池(おいけ)に巨大なアカメヤナギ(赤芽柳)の植生がある。ヤナギ科落葉高木。山野に自生。若葉は紅褐色で後に表面は緑色、裏面は銀白色になる。雌雄異株で、春、黄色の花が咲く。
 池に伝わる昔噺(むかしばなし)によると、この池には遠い昔から雄の大蛇が住んでいて大層人々に恐れられていた。ある時、門明某という豪胆な鍛冶屋が大蛇を追い出そうと小刀を口にくわえ池に飛び込み泳ぎまわったが目的を果たすことができなかった。そこで大きな金槌(かなづち)を焼いて池に投げ入れたところ、大蛇は悲鳴をあげて逃げ去ったと云う。その後、人々は大蛇の祟りを恐れて池の片隅に小さな祠を建て大明神と崇めて大蛇の霊を祭ったとのことだ。
樹種(通称 / 科目)
男池のアカメヤナギ
場所
物部町神池
胸高周り
幹周2.82m
高さ
14m
樹齢(推定)
500年余
備考
香美市立指定文化財(天然記念物)

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大日寺の大スギ

大日寺の大スギ

 物部町神池の神通寺廃寺跡に本堂であった大日堂が遺る。大日如来を祭る。奈良時代の大僧正行基が諸国巡業の時、ここに立ち寄って七堂伽藍を建て、自作の尊堂を安置したと伝えられ、又、弘法大師が四国八十八ケ所の霊場を始めた時、ここに来て二十八番大日寺の奥の院と定めたとも云われ、或いは山田丹波守の祈願所であったとも伝えられている。
 昔から池の大日様といって、縁日(4月21日)には大勢の参詣者で賑わった。天保6年(1835)人々の浄財によって再建。その後、幾度かの葺き替えをして昭和5年に銅板葺きとした。
 大杉は寺域内にあり、寺の霊木として、又、パワースポットとして荘厳さを加えている。樹勢は旺盛で成長を続けている。
 伝説によると、大日寺には、かって直径二十尺の杉の巨木があり、何か凶変があると、必ず、木の梢に燈明の光りが見えたので、村人たちは霊木として尊崇していた。ところが藩主はこれを帆船用材として伐出することを杣人(そまびと)たちに命じた。終日伐採に励んだが、朝になると伐口はいえていた。その夜、様子をうかがうと僧たちが木っ端を拾って接ぎ合わせていた。杣たちは木っ端を焼き捨て数日後やっと伐採することができた。その後、杣たちは相次いで急病にかかり死に、造った船は出帆をしようとすると大暴風が起こったので使用することをやめたと伝えられている。
 この巨木の根元は最近まで確認できたが盛土をしたので埋もれてしまった。        
 ※杣人(そまびと・そまうど)=山で働く人の総称。
樹種(通称 / 科目)
大日寺の大スギ
場所
物部町神池
胸高周り
10m
高さ
60m
樹齢(推定)
800年余
備考
高知県指定文化財(天然記念物)

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星神社のスギ

星神社のスギ

 神池の大日寺から道が別れ、西番から槍水へと山道を登り、旧大栃高校実習棟前を過ぎて少し行くと星神社がある。香美市の星神社は産土神で三体妙見権現と称している場合が多く、この神社も明治期まではそう呼ばれていたかも知れない。祭神は宇宙に関わる神である天御中主命・十二星神、明星尊、北斗星神等で、とくに天御中主命(アマノミナカノヌシノミコト)は古事記の中で、最初に出てくる日本の最高神、宇宙の真ん中にいる神である。同神社の祭神はいずれか未祥だが誰だろう。境内に立つ杉は巨杉と云うよりも、真っ直ぐに歪みなく伸びた針葉樹独特の三角錐は、その柔肌と見事な樹形で周囲の木々を凌駕しており、魅了される。「杉の名木」と呼ぶにふさわしい美形である。
 
樹種(通称 / 科目)
星神社のスギ / スギ科
場所
物部町神池槍水
胸高周り
6.7m
高さ
50m余
樹齢(推定)
-

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岩本神社の大スギ

岩本神社の大スギ

 物部町笹への道は、県道49号大豊物部線を通ることであり、五王堂奥番まで行き、上韮生川へ降りる分岐があるので左へ入ること。ここで右の道は県道217号久保大宮線と変わる。県道49号大豊物部線は上韮生川へ流れる笹川に沿う道である。 
 落合橋を渡り、笹川を左に右にと見ながら、ひたすら道なりに土居番橋、壱瀬橋、梅平橋を経て行くと笹川に流込む潰野々川の橋を渡る。その先に「岩本神社」が左手に、右向こうには「くろす踊り」で有名な「普賢堂(ふげんどう)」がある。
 岩(磐)本神社の祭神は山祗命(ヤマヅミノミコト)で岩本大権現と称された山ノ神である。境内の大杉は樹肌が荒々しく厳然と立つ巨木である。この道は、土佐藩が江戸初期、寛永5年(1628)国境に63カ所の番所(関所)を置いて、通行人を取り調べた。香美地区の阿波境には別府・久保・笹の3カ所があった。笹地区は土居に番所を置き、明治4年(1871)の閉所まで存続した。
樹種(通称 / 科目)
岩本神社の大スギ / スギ科
場所
物部町笹
胸高周り
9m
高さ
50m余
樹齢(推定)
-
備考
普賢堂境内で夏に行われる『くろす踊り』は、市指定無形民俗文化財

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有宮神社のスギとヒノキ

有宮神社のスギとヒノキ

 国道195号線を別府まで行くと、途中に舟ケ谷洞門と舟ケ谷トンネルが続くところがあり、同トンネルを抜け、少し右カーブになっている左手に旧道が遺っている場所がある。よく見ないと通り過ぎてしまう。車は旧道に駐車できる。旧道には廃トンネルがある。このトンネルの西側に有宮神社への道がある。奥へ300m程歩くと到着だ。
 案内板には、「有宮神社は、別府宮ノ本に鎮座し、有宮大明神ともいい神体は石。祭神及び勧請年月は明らかでない。もとは岡ノ内村に属していたが、明治9年別府村に属し、古来、ヤナノ上の人々によりいつき祭られてきた神社である。社の右にそびえるスギの周りは6m弱、すらりと伸びた桧、輝くような樹肌、いつまでも見飽きない堂々とした美しい巨木は人目を驚かす。昭和63年6月」とある。幹周りは実測6.2mなので現在までに20㎝余成長している。川縁に立つ見事なヒノキは必見だ。
 
樹種(通称 / 科目)
有宮神社のスギとヒノキ / スギ科、ヒノキ科
場所
物部町別府541番地口
胸高周り
スギ 6.2m / ヒノキ -
高さ
スギ 50m余 / ヒノキ -
樹齢(推定)
900年

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公士方神社の大スギ

公士方神社の大スギ

 国道195号線を別府まで行くと、土佐と阿波の国境である四つ足トンネル近くに別府峡温泉施設がある。その駐車場への進入路に物部川に架かる別府橋があるが、その橋の手前右手の小山の中に公士方神社(くじかたじんじゃ)がある。
 公士方神社の祭神は奇日方命(くしひかたのみこと)とされる。この神の系譜はややこしいので割愛するが、事代主神(ことしろぬしのみこと)と関係があるようだ。昔、御上から木材伐出の命をうけた者(公士方)が作業の安全祈願をした神社で、古来、当地域の産土神で公士方大明神と称した。※祭神「くしひかた」と「くじかた」は読みが似る。   
 境内は195号線で分断されており、道路上の歩道橋を渡ると参道口があり狛犬が控えている。このことから昔の道は参道口側を通っていたことが分かる。国道195号線沿いには旧道が多く遺る。
 同神社の大スギは参道口側の山にあり、説明書きに「悠然とそびえ御神木として威容を誇っている。枝は四方に力強く張り出し、肌は杉とは思えぬ赤みをおび、周囲の樹木を圧している」とある。
 
 
樹種(通称 / 科目)
公士方神社の大スギ / スギ科
場所
物部町別府宮ノ奈路
胸高周り
8.3m
高さ
60m余
樹齢(推定)
350年余

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資料ダウンロード

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地図や、HPに未掲載の写真、香美史談会高田さんによるコメント等が掲載されている資料もございます。
ぜひ、更に詳しい香美市の木についての情報をご覧ください。

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